京都国立近代美術館 「バウハウスへの応答」展 開催

 


バウハウスへの応答
bauhaus  imaginsta : Corresponding  With
京都国立近代美術 開催


 

京都国立近代美術館では、2018年8月4日(土)~ 10月8日(月・祝)の期間、「バウハウス宣言」の世界的な受容と展開を、日本とインドでの事例に焦点を当てて紹介する「バウハウスへの応答」展を開催します。


本展ではバウハウス創設100周年に際してのドイツにおける記念事業「Bauhaus 100」、その主要なプログラムのひとつである国際プロジェクト「bauhaus imaginista」に含まれる展覧会として、日本で唯一の開催です。バウハウスの教育理念とそのカリキュラムは、その内部での展開だけではなく、それが受容された各国で、地域の社会や文化とどのように結びつき、いかなる展開を遂げたのか。その足跡を、ドイツ、日本そしてインドなどに残されている 100点あまりの関連資料や記録、当時の学生たちの作品などによって辿ります。

 

 

| 展覧会の概要

建築・絵画そして彫刻。1919年にドイツのヴァイマールで設立された、総合的造形芸術教育機関であるバウハウスが、その設立に際して公にした「バウハウス宣言」の表紙には、この 3つの芸術ジャンルを表した尖塔をもつゴシック様式の聖堂が描かれています。絵画・彫刻からデザインさらには建築にいたる造形活動を、手仕事の実践を重視しつつ、包括的に教えるという目的をもつこの学校の宣言を著したのは、創設者であるヴァルター・グロピウス、その理念の象徴として聖堂の木版画を寄せたのは、バウハウス教員のひとりライオネル・ファイニンガーでした。そして宣言で表明されたバウハウスの教育理念は、独創的なカリキュラムとともに、ドイツ国内のみならず、遠くはインド、そして日本にまで多大なる影響を及ぼしていきました。

 

また本展では、二組のアーティストに、日本とインドそしてバウハウスをめぐる作品の制作が委嘱されています。彼らの作品は、バウハウスの受容と展開の歴史性だけではなく、その現在性についての視座をも我々に与えてくれることでしょう。
 

バウハウスの活動期間は、第一次世界大戦敗戦直後の 1919年の開校から、ナチス政権によって閉校を余儀なくされる 1933年までの、わずか 10年あまりにすぎません。しかし敗戦という社会状況を背景に著された「バウハウス宣言」は、美術・デザイン教育の刷新だけではなく、社会そのものの刷新をも目指すものでした。それゆえに、バウハウスの教育理念そしてそれを実現に導く教育プログラムは、さまざまな媒体を通して瞬く間に世界へと拡がり、それぞれの地域の状況と呼応しながら独自の展開を遂げることになりました。「バウハウス宣言」を起点に、改めてバウハウスの意義を考えるだけではなく、美術教育における理念と実践そしてその社会との繋がりの重要性や、グローバル化と地域のコンテクストの関わりやその交流など、本展が、今日の私たちを取り巻く様々な問題を考えるきっかけとなることを期待します。

 

 


ライオネル・ファイニンガー《「バウハウス宣言」表紙》1919年
木版・紙、大阪新美術館建設準備室




バウハウス宣言

あらゆる造形活動の最終目標は建築である!それを装飾することは、造形芸術にとって最も重要な課題であり、造形芸術は偉大なる建築芸術にとって不可分な構成要素であった。今日造形芸術はそれだけで自己充足しているように思われるが、あらゆる工作者たちが入り交じって意識的に相互に共同作業を行うことで、そのような状態から造形芸術を再び救済することが可能となる。建築家、画家そして彫刻家は、多様な建築の形態を、再びその全体と部分において知り、理解しなければならず、そうすることで、彼らの仕事は自ずと、サロン芸術において失われた建築的精神でもう一度満たされることになるだろう。

このような統一を生み出すべきであったにもかかわらず、旧来の美術学校ではそれが叶わなかった。というのも、芸術は教えられるものではないからだ。学校は再び工房に組み入れられなければならない。図案家や工芸家による単なる描画的世界は、最終的には再び建築的なものにならねばならない。もし、造形活動への愛を自らの内に感じる若者が、再びかつてのように手工業を学ぶことから自らの道を歩み始められるならば、非生産的な「芸術家」が不完全な芸術訓練に携わるなどということはもはやなくなるだろう。手工業の能力を手に入れた若者は、卓越したものを成し遂げることができるのだから。

建築家、彫刻家、画家、我々全員が、手工業に戻らねばならない!なぜなら、「職業としての芸術」は存在しないからである。芸術家と手工業者の間に本質的な差異はない。芸術家は、高められた手工業者である。天の恩寵は、彼の意志の彼方で、希なる光に瞬き、芸術は無意識に彼の手仕事から花開く。だからこそ、手工にかかる基礎は全ての芸術家にとって不可欠なものなのだ。そしてそこに創造的造形の源泉がある。

だから、手工業者と芸術家の間に尊大な壁を築いて、不当にも階級を区別するようなことはせず、手工業者の新しいギルドを結成しよう!建築と彫刻そして絵画のすべてがひとつの形となる未来の新建築を、ともに希求し、考案し、創造しよう。手工業者のあまたの手によって生まれたその新建築は、天空に向かってそびえることだろう。新たな来るべき信念が結晶した象徴として。

ヴァルター・グロピウス

 

 


| 展覧会の構成

Ⅰ.バウハウス/BAUHAUS(1919-1933)

本展の導入部では、主にバウハウスにおける教育プログラム、特にその中心をなす工房教育と予備教育について紹介します。バウハウスでは、造形に関する基礎知識とその運用に関する教育、それに基づいて具体的な素材を用いた制作を行う訓練、そしてその両者の融合が重視されていました。その状況をこのセクションでは、授業の時間割表や、工房の記録写真、『バウハウス叢書(Bauhaus Bucher)』に著された教育内容、さらにはヨハネス・イッテン(Johannes Itten, 1888-1967)やモホイ=ナジ・ラースロー(Moholy-Nagy Laszlo, 18951946)そしてヨーゼフ・アルバース(Josef Albers, 18881976)といった予備課程を担った教授たち、基礎造形理論の授業を受け持っていたパウル・クレー(Paul Klee,1879-1940)やヴァシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky, 1866-1944)の授業で制作された数多くの学生たちの作品によって振り返ります。なかでも、水谷武彦(1898-1969)がアルバースの授業で制作した《素材研究―三つの部分からなる彫刻(アルバースの予備課程)》は、日本でのバウハウスの受容と展開について考える上で不可欠な作品であり、本展においても最も重要かつ象徴的な作品のひとつと言えます。

 


作者不詳《バランスの習作(モホイ=ナジの予備課程)》1924-25(再製作:1995年 )
アルミニウムの円盤・鉄の輪・木、ミサワバウハウスコレクション

 

 


Ⅱ.―新建築工芸学院/ School of New Architecture and Design(1932-1936)

続く 2番目のセクションでは、日本におけるバウハウスの受容と展開について紹介します。1920年代から 30年代にかけて、日本からバウハウスを訪問した人々、さらには同校で学んだ人々がいました。例えば仲田定之助(1888-1970)は 1920年代初めのドイツ留学中に日本人として初めてバウハウスを訪問し、帰国後の 1925年に、その理念と活動を紹介する記事「国立バウハウス」を美術雑誌『みづゑ』に 2回にわたって寄稿しています。このような紹介に刺激され、水谷武彦(1898-1969)、山脇巌・道子夫妻(1898-1987/1910-2000)そして大野玉枝(1903-1987)が実際にバウハウスで学びました。帰国後彼らは、教育・文筆活動や作品制作などを通して、自らの経験を人々に伝えています。


一方で、このようなバウハウスと直接接点をもった人々からの影響を受けつつ、独自の展開がなされた活動もありました。川喜田煉七郎(1902-1975)と、彼が中心となって主宰した生活構成研究所です。この研究所は、後に新建築工芸学院へと発展し、水谷や山脇夫妻らをも講師陣に加え、バウハウスの教育理念を援用した学校教育を展開します。川喜田は、「生活構成展覧会」(1931年 6月)のような展覧会そして講習会の実施や、雑誌『建築工芸アイシーオール』や著書『構成教育大系』の刊行を通して、自らの考えや実践を広く紹介し、戦後の造形教育に広く大きな影響を与えることになります。

 

本セクションでは、スイス出身でスウェーデンを拠点に活動する現代美術家ルカ・フライ(Luca Frei)が、川喜田の「生活構成展覧会」を起点として、日本におけるバウハウスの教育と哲学に対する理解とアプローチについて考え、制作したインスタレーション作品も公開します。

 


「和歌山市に於ける構成教育講習会」
(『建築工芸アイシーオール』1933年 3月号より)

 

 

 

Ⅲ.―カラ・ババナ/ Kala Bhavan(1919-Present)

最後のセクションでは、インドにおけるバウハウスの受容と展開を紹介します。インドでは、すでに 1922年にコルカタ近郊でファインガーやイッテンらバウハウス教員たちが参加したグラフィックの展覧会が開催されました。この展覧会開催のきっかけとなった人物が、インドの国民的詩人ラビンドラナート・タゴール(Rabindranath Tagore, 1861-1941)です。彼は、脱植民地化やインド文化の刷新の必要性から教育環境の改善に尽力し、1919年にインド東部西ベンガル州のシャンティニケタンに美術学校カラ・ババナを設立します。そこでは、産業化と一線を画し、地域に根ざした田園的近代化の創造を目指して、独自の実験的教育が目指されました。その際に参照されたひとつがバウハウスでの教育です。ノーベル文学賞受賞のため渡欧し、その際バウハウスを訪問したタゴールは、その教育方針に感銘を受け、それをカラ・ババナに取り入れようとします。実際にその任にあたったのが、画家のナンダラル・ボース(Nandalal Bose, 1882-1966)です。


ここでは、コルカタでの展覧会に関する資料に加え、カラ・ババナのためにボースが作成した教材や学生の作品、さらにはスリニケタンにある同校の工房で制作された工芸作品などを紹介します。

本セクションの最後では、タゴールが目指した教育のあり方と現在を主題に、イギリスを拠点に活動するオトリス・グループ(The Otolith Group)が本展のために制作した映像作品を公開します。

 


クリシュナ・レッディ《(無題)》1944年
インク・紙 /葉書、個人蔵 (クリシュナ・レッディ、NY)

 

 

 

 


山脇巌《バウハウス・デッサウ》1931年 ゼラチンシルバー・プリント
武蔵野美術大学 美術館・図書館/大阪新美術館建設準備室
©山脇巌・道子資料室

 

BAUHAUSとは?

バウハウスは、1919年 4月にヴァルター・グロピウスが初代校長となってヴァイマールに開校した総合的造形芸術教育機関です。当地の美術学校と工芸学校を統合する形で設立されたこの学校では、建築をその造形教育の最終目標とすることが明言されています。この「バウハウス」という名は、中世ヨーロッパにおいて大聖堂の建設にあたった諸職人のための現場小屋「バウヒュッテ(Bauhutte)」に由来するものといわれています。この名前には、建築家のみならず、彫刻家や画家など、分野を横断した芸術家が集った、中世の職人ギルドを理想とする、学校の理念が投影されています。教員をマイスター(親方)と呼んだことも、職人と芸術家の壁を乗り越えた先に新しい造形の可能性を見出そうとした志の表れだと言えます。ドイツでは、19世紀末以降、過去の模範的作例を手本に学ぶ慣習的な美術・デザイン教育の刷新が熱心に進められ、このいわゆる工芸学校改革の延長線上に、バウハウスの設立もあります。しかし、「バウハウス宣言」として自らの教育理念を広く公に表明し、基礎造形教育分野にカンディンスキーやクレーなど当時の前衛的芸術家を数多く教員として招聘したこの新しい学校の存在は、瞬く間に世界から注目を集めました。しかし、その教育・運営方針をめぐっては教授陣同士の対立が絶えず、不安定な政治情勢を主たる要因に、ヴァイマールからデッサウそしてベルリンへと移転を余儀なくされました。さらに 1933年にナチス政権が樹立されると、社会主義的傾向を帯び始めていたバウハウスは閉校を余儀なくされます。それは設立から、わずか 14年後のことでした。


 

bauhaus imaginistaとは?

2019年は、バウハウスが創設されて 100年の節目にあたります。これを記念して、ドイツでは「Bauhaus 100」と銘打ち、さまざまなプログラムが展開されています。「 bauhaus imaginista(創造のバウハウス)」は、そのプロラムの主要なイベントのひとつとして企画された国際的プロジェクトです。本プロジェクトは、マリオン・フォン・オステン(Marion von Osten)とグラント・ワトソン(Grant Watson)という二人のキュレーターが中心となり、世界各地の研究者やキュレーターたちと連動・協力しつつ、バウハウスの今日的意義を問い直し、未来にむけた展望を考えることを目的としています。その起点として、バウハウスの理念と実践を考える上で鍵となる三つのアイテム、「バウハウス・マニフェスト(バウハウス宣言)」、「パウル・クレーの素描作品《カーペット》」、「マルセル・ブロイヤーによる椅子とそのデザイン過程」を抽出し、世界におけるその受容と展開を「Correspondence With(応答)」「Learning From(学習)」「Moving Away(展開)」と題した3つの章で検証します。本プロジェクトのユニークな点は、これら各章がまずは、抽出されたそれぞれのアイテムが検証される各地域において、世界的ネットワークをもつゲーテ・インスティトゥートのサポートを受けながら、シンポジウムや展覧会として公開されることです。そしてその成果が、2019年春にベルリンに集結し、「StillUndead(継続)」と題した最終章を加えて、完全版「 bauhaus imaginista」展として世界文化の家(Haus der Kulturen der Welt)において披露されます。このたび京都国立近代美術館で開催される「バウハウスへの応答(bauhaus imaginista: Correspondence With)」展もこのプロジェクトの一環であり、2018年 4月 8日から杭州のチャイナ・デザイン・ミュージアムで始まった「bauhaus imaginista: Moving Away」展に続く、本プロジェクト二つ目の展覧会となります。そして当館での開催を終えたのち、一部出品作品の変更はあるものの、その内容自体はベルリンでの展覧会へと巡回します。

※「Bauhaus 100」ならびに「bauhaus imaginista」、両プロジェクトの詳細と、開催される展覧会やシンポジウムの情報は、それぞれのウェブサイトでご覧ください。
https://www.bauhaus100.de/en/index.html
http://www.bauhaus-imaginista.org/


 

<関連イベント>

■ レクチャー&ディスカッション「バウハウスと日本」
講師:梅宮弘光(神戸大学教授)
   ヘレナ・チャプコヴァー(Curatorial Researcher: Corresponding With/ bauhaus imaginista)
モデレーター:本橋仁(京都国立近代美術館特定研究員)
日時:8 月12 日(日)14 時~ 16 時
場所:京都国立近代美術館1 階講堂
先着100 名・聴講無料 
※11 時より1 階受付にて整理券を配布。


■ 講演会「シャンティニケタンから建築とデザインを考え、学び、作る」
講師:佐藤研吾(In-Field Studio / 歓藍社)
日時:9 月22 日(土)17 時~ 18 時30 分
場所:京都国立近代美術館1 階講堂
先着100 名・聴講無料
※16 時より1 階受付にて整理券を配布。

 

 

【開催概要】
展覧会名:「バウハウスへの応答」展
               bauhaus imaginista: Corresponding With
会期:2018 年8 月4 日(土)~ 10 月8 日(月・祝)
会場:京都国立近代美術館(4 階コレクションギャラリー)
開館時間:午前9 時30 分~午後5 時、毎週金・土曜日は午後9時まで開館
              ※ 入館は各閉館の30 分前まで
休館日:毎週月曜日 
           ※ 9月17日、24日、10月8日(月・祝)は開館、9月18日、25日(火)は閉館
観覧料:一般430 円(220 円)、大学生130 円(70 円)
          ※ カッコ内は20 名以上の団体料金
          ※ 本料金でコレクション展もご覧いただけます
          ※ 高校生以下、18 歳未満および65 歳以上、心身に障がいのある方とその付添者1 名
              は無料(入館の歳に証明できるものをご提示下さい)
             ●無料観覧日:8 月4日、11日、18日、25日は無料観覧日。
             ●夜間割引: 金・土 午後5 時以降は、夜間割引を実施。
                              一般 430円 → 220 円、大学生 130 円 → 70 円
主催:京都国立近代美術館、バウハウス協会ベルリン・デッサウ・ヴァイマール、
        ゲーテ・インスティトゥート、世界文化の家(Haus der Kulturen der Welt, Berlin)
助成:ドイツ連邦首相府文化メディア担当、ドイツ連邦外務省、ドイツ連邦文化財団
http://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/2018/426.html

 

 

 



京都国立近代美術館 とは
日本の近代美術史全体に配慮しながら、京都を中心に関西・西日本の美術に比重を置き、京都画壇の日本画、洋画などを積極的に収集、展示し、河井寛次郎の陶芸、染織など工芸作品のコレクションも充実している京都市左京区岡崎の岡崎公園内にある、独立行政法人国立美術館が運営する美術館。  現在の建物(新館)はプリツカー賞建築家槇文彦(当時の槇総合計画事務所主任所員:澤岡清秀)による設計で1986年(昭和61年)に竣工した。


http://www.momak.go.jp/

 

(文:インテリア情報サイト編集部-4  /  更新日:2018.08.04)

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