もう一歩深く知るデザインのはなし~アーツアンドクラフツと民藝

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装飾によって「民衆の歴史」を表現し、賛美しようとしたモリス。民衆の歴史とは、普通の人々の生活における「手仕事」の積み重ね、そこににじみ出る様々な「思い」のことを指しています。

モリスの描く理想の生活とは、誰もが「自分たちが必要なものを、自分自身の手で工夫して作ることを楽しめる」生活でした。彼は楽しい気分で作られたものは必ず美しい、と考えていましたから、それはまた誰もが「美しいものだけに囲まれている」生活でもありました。そして、それは具体的には中世の社会を指しており、彼は中世の時代のものづくりを蘇らせることを目指したのです。
 

理想と現実

しかし、残念ながら彼がその理想を完璧にデザインに反映させることができたとは言えません。
装飾によって「手仕事の営みの集積としての歴史」を賛美するために、モリスはもちろん「すべての機械的仕事にはできる限り強行に反対すべきである」(『ウィリアム・モリスの全仕事』ポール・トムスン著 より)と考えていました。しかし、彼の生きた19世紀のヨーロッパではすでに社会の工業化が進み、資本主義経済が台頭していたのです。中世の時代のように、機械や分業に頼らずに全ての商品を作っていては商売が成り立ちません。

ですから、モリスは機械織りの布地なども多く手がけました。また主力商品といえる手刷りの壁紙や、「捺染(なっせん)」という方法で型染めされる布地の制作過程には、手作業とはいえ機械のように単調な流れ作業を導入せざるを得ませんでした。
彼は失望し、自分にできることはデザイナーとして制作過程の全てを完全に理解し、作業にあたる職人に技術を教え込み、その技量に応じた自由と責任を与えることくらいだ、と述べています。

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自らの矛盾に苦しんだモリス

それでも、モリスは品質に関わると判断した部分ではあくまで伝統的な方法にこだわりました。

Indian_indigo_dye_Evan-Izer.jpg例えば布地の捺染に使う染料は、速く褪せてむらが生じやすい上に色がどぎつい合成染料を使うことはほとんどありませんでした。モリスは天然染料に関する文献を調べ、悪臭に耐えながら身体中を汚してその扱い方を自ら実験しました。そして、布を染める過程では大量生産が可能なローラーを使わず、模様を版木の型で置き、手で染料を刷り込む方法を守ったのです。そこには、効率性というものをむしろ拒否するようなモリスの姿勢が伺えます。

彼は商品の質を落とさない範囲で様々な妥協をして、「誰もが買える芸術品としての日用品」を作ろうとしました。しかし結果的に商品の多くは高額になり、富裕層にしか手の届かないものとなってしまったのです。

最高のものを生み出したいと欲するデザイナーとしての気質が、彼の活動に矛盾をもたらしたといえるかもしれません。

モリスはその矛盾に苦しみました。彼はやがてデザイン活動と並行して、社会主義運動や古建築物の修復に反対する活動に身を投じていきます。そしてそれらの政治的な活動を通して、自らが理想とした中世の時代の労働環境を取り戻そうと闘いを続けるのです。

 

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(文:maki  /  更新日:2013.02.11)

この記事へのメンバーの評価

(3.0 point / 1人の評価)  

  • sarasa さん
  • 分かりやすくまとめてあり、素晴らしいです。
    (2018-08-16 00:51:51)

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